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【Silver & Sound -音楽家を刻む銀塩写真】モノクロフィルムで撮影する音楽家

#012:音楽家という「生き方」を撮る ——ONとOFF、その間にある美しさ



明るい部屋で三味線を操る和装の女性

私たちが描く「音楽家」のイメージ


「音楽家の写真」と聞いて、皆さんはどんな姿を思い浮かべるでしょうか。

おそらく多くの方は、正装でステージに立ち、ライトを浴びて楽器を構える凛とした姿を想像されるはずです。

あるいは、楽屋での緊張感漂うワンシーンかもしれません。

私自身、30年以上にわたり様々な演奏家を撮影してきましたが、確かにそこには「形」の美しさがあります。

けれど、最近思うのです。音楽が生まれる瞬間は、決してステージの上だけではないのではないか、と。



バルコニーでPCに向かいオリジナル曲の編集にあたる女性

伝統と現代、そしてOFFの瞬間


ステージを降りた彼女の日常を覗くと、そこには「三味線奏者」という一言では括りきれない、現代を生きる一人のクリエイターの姿がありました。

彼女は伝統を重んじながらも、PCやヘッドフォンを駆使して自ら曲を紡ぎ出すコンポーザーでもあります。テラスでノートPCに向かい、音を組み立てていくその姿は、三味線を抱えている時と同じくらい、彼女にとって「正装」なのだと感じさせられます。




コーヒーを持って丸の内を歩く女性

公園のベンチでお気に入りの本を読む女性

そして何より魅力的なのは、そんなストイックな表現者の顔がふっと緩む瞬間です。

別の日の撮影ではお気に入りのコーヒーを手に街を歩いたり、木陰で本を広げたり。 そんな彼女は、どこにでもいる等身大の「女の子」としての可愛らしさに溢れています。 一見、音楽とは無関係に見えるこうしたオフの姿にこそ、彼女が生み出す音の優しさや深さの源流があるような気がして、私は思わずシャッターを切っていました。


バルコニーでPCを前にポーズをとる三味線奏者の女性。モノクロフィルムで撮影している

「型」ではなく「個」に向き合う


和装の時と別人のように可愛らしく振る舞いながらも、ふとした瞬間の姿勢や立ち振る舞いには、着物を着こなす人ならではの凛とした芯が通っている。

その二面性が、彼女の音楽をより深く、魅力的にしているのです。



都会の夕焼けを背景にポーズをとる三味線奏者

広がる「音楽家」の解釈


私たちが「音楽家」という言葉に抱いていた、ある種の境界線。

彼女の多面的な姿を追いかけているうちに、その線はいつの間にか、心地よく消えていったような気がします。

伝統を重んじる心。デジタルで新しい音を拓く知性。そして、日常を楽しむ一人の人間としての素顔。 そのどれが欠けても、彼女が紡ぎ出す唯一無二の音楽には辿り着きません。

私は、特定のジャンルや「型」を撮りたいのではありません。 自身の音を持ち、表現の海を泳ぐ一人の「個人」としてのあなたに出会いたいと思っています。

もし、「自分はクラシックではないから」「まだ駆け出しだから」と、レンズの前に立つことを躊躇している方がいたら、どうかその先入観を一度置いて、私に会いに来てください。

あなたの中に眠る、まだ誰も知らない「音楽家」の横顔を、一緒に見つけに行きましょう。



黒い壁を背景に、三味線を持ってこちらを見つめる三味線奏者の女性

全ての音楽家をモノクロフィルムで撮影し、

作品として残したい


最後に、私にはどうしても譲れない、あるひとつの個人的な渇望があります。

「私はあらゆる境界線を越えた全ての音楽家をモノクロフィルムで撮影したい」

デジタルでは表現しきれない、光と影のざわめき。

フィルムに刻まれる、その人の生き様そのもののような粒子。

モノクロームの世界だからこそ描き出せる、音楽家の純粋な「魂の形」があると信じているからです。

あなたの音を、あなたの人生を、銀塩の粒に込めて永遠に残したい。 その準備は、いつでもできています。

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